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アカデミー賞

本日はアカデミー賞の発表、らしい。
わしゃ、アカデミー賞は作品賞と脚本賞以外あまり意味がないと思ってるんで、どうにも見たことのない映画ばかりの今年は盛り上がらん。
この二つだけは、本編を見んことには語れんからなあ。
俳優とかそんなんどうでもええのよな。だから俳優で映画を見てる人は毎年盛り上がれて羨ましい。
最近では、ロードオブザリングとグラディエーターは絶対に獲ると思ってたからかなり興奮したけど。
で、アカデミー賞といえば、ゴールデングローブ賞も出てくる。
この両者の受賞作を比べてみると、うーん、どっちもどっちでいいとこある。
しかし1970年代初頭の、ゴッドファーザー、スティング、エクソシストが争ってるのが凄いな。

基本的に、わしゃ賞というのは権威ある人が選ぶもんやと思ってる。
それはドイツゲーム大賞SDJとドイツゲーム賞DSPにもいえることで、一般投票のドイツゲーム賞はあまり意味がないんちゃうかな。
一般投票というと実際にゲームをやってる多数の一般人が選んだと、理に適って民主的に思えるが最も重要な欠陥がある。
それは機会損失。
一般人は、当然、やっているゲームが少ない。いくら良いゲームであっても、やられもせずに評価されてしまうって最もあかん話やと思う。
不戦敗よ、不戦敗。
ゲームサイトを持ってるわしでさえ、毎年のノミネート作の半分もやってないんやから、評価なんて出来る訳がない。
多数の原理で、1000人にプレイされたゲームと、100人でプレイされたゲームが同じ土俵で戦えってのもおかしい話。
前者の1割が良いゲームと思って投票したとすると、例え後者の6割が良いゲームやと思って投票しても前者が獲得する事になる。
これでは資本力や流通網が備わっているのが勝つのは当たり前になる。
映画でもまったく同じ。そういった意味で、資本力のない、しかしほんまにいい作品に与えるには、どうしてもその道の権威ある人がたくさんの作品を比べてやるしかない。
なんでもかんでも権威主義と権威に反対する人ってのはおるんやけど、元々権威ってそれなりにエキスパートになったから権威になってるってのが解ってない。権威は最初からあるのではない。
一般投票で真に意図した作品が受賞するなんて妄想もええとこ。権威ある人が選んだ賞の方が確実に意図したものを選択する可能性が高い。
そら、ええゲームやと言うのはあるし、これが獲って欲しいってのもある。
でも、そうやって外野で騒ぐのと話は別やねんなあ。全部やってたら、そらもうちょい偉そうに言いたいんやけどね。
つう訳で今年のアカデミー賞は、まったく見てない作品揃いなので、決まってからその映画を見て批評する事にしよう。
ウォーリーが作品賞にノミネートされてない時点で見る気が失せたw

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